「論文 心理学」善なる目撃者は正直者なのか。

あのひと痴漢よ!!!!
電車の中で女性の甲高い声が響き渡る。
満員電車の乗客全員の注目がその女性、そして指の先にいる男性に集められた。
当然、男性は怒りながら諦めずに否定。
周囲はどうなるのか、固唾を呑んで見守っている。
そんな最中、ヒーローが現れた。
「あの。。。その、、僕見たんです。」
伝説のヒーロー「オレミタンダ」。
そう。彼が今回の投稿の主役だ。
というわけで今回は『目撃者』に関する心理学の紹介です。
テーマはこちらの論文 『Loftus & Palmer(1974)Study』
リンク元︰(運営者 Saul McLeodSimplyPsychology top page)
英語で書いてあるのでざっくりと、僕のなかの理解という前提でお話します。
本論文の趣旨は、目撃証言において使われる言葉は記憶を変えうるか。
『原文』
To test their hypothesis that the language used in eyewitness testimony can alter memory.
(出典 Saul McLeodSimplyPsychology Loftus & Palmer(1974)Study)
結論として、バイアスがはいる可能性があるとの結論を出しております。
『原文』
In other words, eyewitness testimony might be biased by the way questions are asked after a crime is committed.
(出典 Saul McLeodSimplyPsychology Loftus & Palmer(1974)Study)
論拠については著作権の関係もありすべてお伝えできません。
自動車事故の目撃者へのヒアリング実験において、質問者が使う言葉によって、事故の印象に変化がある。
こんな内容がつらつらと記されております。
詳しくは引用元をコピーしてグーグル翻訳してみてください。
- 個人的な感想。
非常に実感に合った結論であった。
というよりもそれを越えていた感すらある。
僕はいままで、自分が見た事実にはなんの疑いもなく生きてきた。
そりゃそうだ。”覚えている”んだから事実だろう。実際ぼくは”見た”んだ。
しかし本論文から僕は、
一見すると信用の高い” “で囲った言葉にこそ、実は変容のリスクがある。
ということが受け取れた。
- 本論文はその疑いのなさ、つまり記憶への自信に対して警鐘を鳴らしているように受け取れた。
例えば中学生同士の喧嘩に遭遇した後、担任の先生からお呼びがかかったことがある。
「なにがあったのか」といったことだ。
当時の僕は純粋にあるがままを先生に伝えた。
しかしいま思い起こすと、自分自身、そして先生すらも意図せずバイアスをかけてしまった可能性がある。と考えた。
先生がどう聞いたかは覚えていない。
しかし、先生がケンカのことを「殴り合い」と表現するか、「叩きあった」や「いざこざ」、「乱闘」と表現したか、それによって僕の記憶は変わってしまっていた可能性もある。
もしかしたら顔面を殴っていないのに、「乱闘」という言葉を使われていたら、殴った記憶が生み出されていたかもしれない。
- 先生や管理職の上司への警鐘「問う側の姿勢」
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